だんだん よくなる

トーキョーで、IT修行中。

にらめっこをやめて、体をゆるめることの必要

体の筋肉は緊張と弛緩を繰り返す。

運動など適切な緊張なら問題ないのだが、「心の緊張」ゆえに体まで緊張する状態が続くと、弛緩ができなくなってくるらしい。(正確な表現ではないかもしれないのであしからず。)

 

体を緩めることができないと何が起こるか。

肩こり。肩があがる。噛み締め。

私はこれだった。

思えば小学生の頃から、肩は凝っていた。それが普通だと思っていたんだなぁ。

中学生のとき、美容院でマッサージしてもらったときに「肩凝ってるね?!」と言われて、あ。これは凝っているんだ。と思った記憶がある。

 

今も噛み締めは無意識のうちにしてしまう。

なんとかしたくて、筋肉を緩めるのがいいと見知った。

試しに、意識的に呼吸を整え、筋肉を緩めていく。

体の力を抜く。抜く。抜く。

数分間つづけると、だいぶリラックスができた。

 

 

普段から日中はパソコンとにらめっこしていて、空き時間にはiPhoneにらめっこしていて、家に帰ればテレビやiPadにらめっこしている。

ふと気づいたら、遠くと眺めるとか、空を見上げるとか、風の流れに耳を傾けるとか、道端に咲いている花の名前を思い出すとか、そんなことが減った。というか、もはやなくなっていた。

電子機器とにらめっこすることはきっと体にも良くないだろう。

 

f:id:aroma-yu:20170808233735j:imageただ目を閉じるだけでもいい、

それで力を抜いてみる。

毎日少しずつ、電子機器以外の世界を見つめる時間を作ろうと思う。

 

 

知識のメガネで現実を見る

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フジロックに行ってきた。

今年は2回めの参加だったので、初めてだった去年よりも勝手がわかって動き回りやすかった。

去年と違ったのは雨だったこと。ずっとレインポンチョをかぶりっぱなしだった、まあレインポンチョ可愛いから良かったけど、最後強めの雨がつらかった…。

 

ずっとレインポンチョをかぶっていて、帰り道、地元に降り立って初めて傘を指した。

すごい。

体に雨が降りかからない!

傘ってすごい。

文明ってすごいんだなー。

 

などと思った。

こんな新鮮な気づきは久々な気がする。

高校生超えてくると、どんどん小手先で理解するようになる。

だから本当の意味で理解をするということが減ってきた。

 

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フジロックでは、ゴンドラに乗って久しぶりに自然というものを眺めた。

山々が連なる風景を20分見ていた。

あれは常緑樹かな、あれは針葉樹っぽいな、よくわからないけど。と、なけなしの知識を巡らせながら風景を眺める。

 

ふと、小学生の頃を思い出した。小学生や中学生の頃。理科の校外学習みたいなものがあった。普段教室で、紙の上で覚えた知識のメガネで、現実世界を見る喜び。

当然、紙の上の知識と現実は違う。

現実にしかない発見がある。

そんなことを思い出したフジロックだった。

備忘録:なんでやりたいことを諦めて来たんだろう?

なぞだ。全くもってなぞだ。

なんでやりたいことを諦めて来たんだろう?

小学生の頃はファッションショーを見るのがすきだった。

CHANELオートクチュールのコレクションが素敵だった。

ファッションデザイナーになりたいと思った。

中学3年生のとき、学校の自画像のデッサンで10段階評価で10点をもらった。

高校1年生のとき、粘土でキャラクターを考案して作る授業では6点くらいだった。

 

ちょうどその頃、自分の大学の進路を考え始める。

あまり時間はかからなかった。

「自分にはちょっとした才能はあるかもしれない」

「でもトップにはなれないと思う」

「創造性があるタイプじゃない」

そう思い、美大に行くのはやめた。

美大に行くことはリスクだと思った。

 

綺麗なものが好きだった。

美しいものが好きだった。

広告がやりたかった。

感動したのは、旭化成のCM。

山口百恵「さよならの向う側」のカバーが流れる、枯渇した土地で異民族が「ここは昔、湖だったんだ」と言っているCMだ。

感動した。

見たとき、たぶん涙が出たと思う。

CMってこういうことも出来るんだと思った。

美しい広告がたくさんあった。

美しいと言えば、美しいミュージックビデオもたくさんあった。

Mr.Childrenの一時期のMVをよく担当されていた丹下紘希さんのMVが好きだった。

そもそもMr.Childrenをとりまく表現も好きだった。

森本千絵さんがアートワークとかしていた。

そんなものが作りたかった。

サークルでは映像を作った。

バンドのMVや、ちょっとかっこいいエフェクト系の映像とか。

でもそんなに突き詰めなかった。

強い「やりたい」を持たなかった。

「やりたい」を自然と失くしてきた。

ずっとそんなふうに生きている。

 

広告がやりたかった。

プロモーションがやりたかった。

本当はデザインが好きだった。

本当は芸術が好きだった。

でもお金にならないと思った。

きっと数%の上位が富を独占するんだと思った。

好きなことはあるけど仕事はべつ、とか思った。

それは間違ってはいない気もする。

でも仕事を違うことにしたからって、デザインを諦める必要はなさそうだ。

いつだって、見た目が気になる。

ブログも内容以上に見た目のセンスが目につく。

 

もうそういう人間なのだ。

デザインから逃れられない。

デザインを勝手にやればいい。

だったらやればいいのだ。

まず勉強とかじゃなくて、まず作ればいい。

やりたいようにやろう。

大学のときみたいに。

そして書きたいことを書こう。